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開発組織における生成AI活用 各社の取り組みと課題とは? イベントレポート
2025年7月10日、開発の世界に新たな羅針盤を示すイベント「【AI特集】開発組織における生成AI活用 各社の取り組みと課題とは?」が開催されました。生成AIが単なる「コード補完ツール」から、設計、テスト、運用までを担う「パートナー」へと進化を遂げる今、開発現場の最前線では何が起きているのでしょうか。
本記事では、フーディソン、PeopleX、ファストドクターという、それぞれ異なるドメインで挑戦を続ける3社が語った、AI活用のリアルな現在地と、その先に見据える未来をレポートします。そこには、ツールの話に留まらない、組織論、文化、そして「人とAIの新たな関係性」をめぐる深い洞察がありました。
ITイノベーション史の類似点からAI活用を推測する
株式会社フーディソン 木村 竜介さん
トップバッターとして登壇したフーディソンの木村さんは、壮大な歴史的視点から現在のAIブームを紐解きました。クラウド、ディープラーニング、コンテナ技術…過去のビッグウェーブと現在のAIには、驚くほど多くの類似点があると言います。
「仕事がなくなる」の真実
木村さんは、新たな技術が登場するたびに繰り返されてきた「エンジニア不要論」に一石を投じます。過去のデータが示すのは、短期的に特定の業務が自動化されても、長期的にはそれを上回る新たな需要や創造的な雇用が生まれてきたという事実です。「AIによって仕事がなくなるのではない。むしろ、これまでになかった新しい役割が生まれる」というメッセージは、多くの参加者に安堵と興奮を与えました。
SREという役割がクラウドの登場によって生まれたように、AIの登場は、私たちに新たな進化を促しているのです。
組織が「ハルシネーション」を起こさないために
一方で、木村さんは警鐘も鳴らします。AIの精度が向上するほど、人間は思考を停止し、AIの出力に無批判になりがちです。これが進むと、組織全体が「ハルシネーション(幻覚)」を起こし、無駄なプロセスを量産し、かえって生産性が低下する危険性があるのです。
これを防ぐ鍵は**「リテラシー」と「ナレッジ」**。
ジェネラリストは、AIの支援を得て、やったことのない領域に踏み込む力を。
エキスパートは、自身の持つ「暗黙知」をAIが理解できる「形式知」へと変換する力を。
AIを活用するとは、単にツールを使うことではありません。AIを触媒として、人と組織の境界線を溶かし、新たな価値創造のサイクルを生み出すこと。その本質的な問いを、私たちは突きつけられました。
生成AIファーストの事業・開発組織への変革
株式会社PeopleX 橘 大雅さん
続いて登壇したPeopleXの橘さんからは、創業2年目のスタートアップがいかにして「生成AIファースト」の組織へと大胆な変革を遂げたか、そのリアルな軌跡が語られました。まさに「覚悟」という言葉がふさわしい、トップダウンでの力強いシフトです。
全ては「時代の波に乗る」ために
PeopleXの変革の根底にあるのは、「この波は間違いない」という経営の強い確信です。米国では、少人数のチームがAIを活用して驚異的な速度で成長する事例が次々と生まれています。この現実を前に、同社は大きな決断を下しました。
フロントエンドは
shadcn/uiに統一:Verceloのv0など、AIによるコード生成ツールとの親和性を最大限に高めるため、あえてフルスクラッチをやめ、時流に乗ることを選択。バックエンドもTypeScriptへ:Goを採用していた旧プロダクトから一転、新規プロダクトではTypeScriptを採用。これにより、フロントエンドとバックエンドの垣根をなくし、全エンジニアの「フルスタック化」を加速させています。
人が「コアな部分」に集中できる世界
この技術的変革は、開発現場に劇的な変化をもたらしました。これまでフロントエンドの経験が浅かったバックエンドエンジニアが、当たり前のようにUIを実装する。その逆も然り。AIが定型的な部分を担うことで、人間はビジネスロジックのような、より本質的な課題に集中できるようになったのです。
驚くべきは、新規プロダクトのコードの80%がAIによって生成されているという事実。しかし、橘さんは「AIは既存コードから確率的に生成する」という性質を強調します。高品質なアウトプットを得るためには、その土台となる既存コードの品質が何よりも重要であり、厳格なルールを持つNestJSの採用などが、その一助となっていると語りました。
Q&Aハイライト
shadcn/uiを選んだ理由について、「自社で作り込む価値」と「時代の要請に乗るメリット」を天秤にかけた結果だと語られました。海外のAIスタートアップの多くが採用しているという事実は、AIとの親和性を示す強力な指標であり、この戦略的な意思決定が、同社のスピード感の源泉となっていることが伺えました。
3倍の開発スピードを実現する、AI時代のチームプラクティス
ファストドクター株式会社 宮田 芳郎さん
最後に登壇したファストドクターの宮田さんは、具体的な数字と共に、チーム全体の生産性を劇的に向上させたプラクティスを披露しました。その成果は、チームのプルリクエストマージ数が3.2倍に向上という驚異的なもの。個人のコーディング速度向上に留まらない、チームとしてのブレークスルーです。
コーディングは開発時間のごく一部
宮田さんは、エンジニアの開発時間のうち、純粋なコーディングが占める割合は1〜3割程度ではないかと問いかけます。つまり、コーディングだけを高速化しても、チーム全体のスループットは大きくは向上しない。この課題意識こそが、同社の取り組みの出発点でした。
チームの生産性を向上させた6つの施策
そこで宮田さんのチームが取り組んだのが、開発フロー全体を対象とした、以下の6つの施策です。
仕様策定の強化:Notion、Slack、JIRA、GitHubの情報をAI(Cursor)で横断的に参照し、質の高いチケットを生成。これにより、手戻りが劇的に減少。宮田さん自身、「これが一番効いた」と語ります。
ナレッジベースの体系化:AIが参照しやすい形で、プロジェクト固有の知識や設計ガイドラインを整備。複雑なシステムでも、AIが的確なコードを生成できる土台を築きました。
周辺作業の自動化:ブランチ作成やプルリクエストの定型作業をワークフローで自動化。エンジニアが付加価値の低い作業から解放されました。
「AIメインタスク」予算の確保:スプリントの20%を、AIに任せるタスク( flakyなテストの修正など)に割り当て。これにより、改善活動への投資がしやすくなり、スループット向上にも繋がりました。
組織文化の変革:AIの支援を前提としたドキュメント整備を文化として根付かせ、組織全体の知識量を底上げ。
共有と支援の仕組み:「プロンプトカフェ」のようなカジュアルな共有会や、導入時の「ハンズオン支援」を徹底。心理的なハードルを取り除き、スムーズな活用を促進しました。
Q&Aハイライト
うまくいかなかった試みとして、「自身がよく把握していない領域をAIに丸投げしようとした時」は失敗したと率直に語られました。また、制度改革におけるハレーションをどう防いだかという問いには、「便利なものを用意するが、使うことは強制しない。本当に便利なら自然と使われる」という、本質的で示唆に富んだ回答が印象的でした。
AIは「手段」か、「文化」か。開発の未来を拓く組織の在り方
3社の発表を通して見えてきたのは、生成AI活用が、もはや個人の「TIPS」や「ツール選定」の段階を終え、「組織文化」や「開発プロセス」そのものをどうデザインするかという、より高次元のテーマへと移行している現実でした。
フーディソンが示した歴史的視点は、私たちがこの変化を恐れるのではなく、新たな役割を創造する好機と捉えるべきだと教えてくれます。PeopleXの事例は、経営の「覚悟」とトップダウンの意思決定が、いかに組織を非連続な成長へと導くかを示しました。そしてファストドクターの実践は、コーディングという一点に留まらず、開発プロセス全体を俯瞰し、地道な改善を積み重ねることが、結果として最も大きな成果を生むことを証明してくれました。
AIは、私たちから仕事を奪う存在ではありません。それは、私たちがこれまで「仕事」だと思っていたものの定義を、根底から変える触媒です。定型業務をAIに委ね、人間はより創造的で、より本質的な課題に向き合う。そんな新しい時代の幕開けを、強く感じさせるイベントでした。
この大きな波をどう乗りこなすか。その鍵は、私たちの組織の中に、そして私たち自身の意識の中にあります。共に学び、試し、未来を創造していく仲間がいることの心強さを再確認できた、素晴らしい時間でした。
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