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話題の近著『クラウドデータベース入門』著者による、書籍のポイント解説 イベントレポート
2025年5月20日に開催されたイベントの冒頭、近著『クラウドデータベース入門』の著者、川上明久氏がスクリーンに映し出したのは、データツールの名前とポケモンのキャラクター名を当てる、ユーモラスなクイズでした。会場が和やかな笑いに包まれる中、このクイズは、現代のデータエンジニアが直面する、ある深刻な現実を浮き彫りにしていました。
その現実とは、2,000を超えるデータツールが乱立し、何をどう学べばいいのか、もはや誰にも分からないという「学習の飽和」です。
このカオスな時代に、私たちはどうすれば効率的にスキルを習得し、価値あるエンジニアとして成長し続けられるのか。川上氏の解説は、単なる書籍紹介に留まらず、この根源的な問いに対する、一つの力強い答えを提示するものでした。
なぜ、日本のエンジニアは成長に悩むのか?
セッションは、川上氏が持つ強い問題意識の共有から始まりました。日本のITエンジニアの平均給与が伸び悩み、多くの若手がスキルレベル2〜3(ITSS基準)に留まってしまう。その背景には、スキル習得の7割を占めるという「仕事上の経験」を、いかに効率的に積むかという課題があると指摘します。
「研修や座学で得られる知識は全体の3割に過ぎません。残りの7割である『経験』からいかに高速に学ぶか。ここに、多くのエンジニアと組織が課題を抱えています。この本は、そのための『高速学習ガイド』でありたい、という意図を持って書きました」 —— 川上 明久氏
本書が対象とするのは、RDB、データウェアハウス、NoSQL、NewSQLといったクラウドデータベースの多岐にわたる領域。しかし、その真の目的は、個別の技術を網羅的に解説することではありません。無数に存在する選択肢の中から、何を学び、何を学ぶ必要がないのかを見極めるための「羅針盤」を提供することにあるのです。
高速学習の鍵は「選択と集中」
では、具体的にどうすれば「高速学習」が可能になるのか。川上氏は、そのための2つの強力な前提を提示します。それは**「クラウド(PaaS)を前提とすること」そして「生成AIの活用を前提とすること」**です。
1. クラウドを前提とし、「学ぶべきこと」を絞り込む
本書は、オンプレミスのデータベースに関する記述を大胆に削ぎ落としています。クラウドネイティブが当たり前となった今、PaaSによって自動化される運用管理の知識は、もはや学習の優先順位が低い、という割り切りです。
しかし、それは「PaaSの裏側は知らなくていい」ということではありません。
「PaaSによって管理が自動化されても、性能問題を解決するには、DBMSが内部でどう動いているかという原理原則の理解が不可欠です。本書では、PaaSの中でも学習すべき普遍的な知識と、そうでないものを色分けして示しています」
PaaSという抽象化レイヤーの恩恵を最大限に享受しつつ、トラブルの際にはその深層にダイブできるだけの本質的な知識は身につける。この「選択と集中」こそが、大増殖時代を生き抜くための最初の戦略です。
2. 生成AIを前提とし、「学び方」を変革する
次に川上氏が強調したのが、生成AIの活用です。しかし、その活用法は、単純に「AIに聞けば答えが返ってくる」というレベルに留まりません。
「業務で大きな成果を出すには、標準化と業務プロセス設計を行った上でAIを利用することが重要です。例えば、組織としてデータベース開発の標準を定めた上で、AIにレビューをさせると、『あなたのコードは、組織の標準とここが違う』という極めて質の高いフィードバックが得られます」
AIは、単なるコード生成機や検索エンジンではありません。明確な「正解(=組織の標準)」を与えることで、それはジュニアエンジニアを育成する、極めて優秀な「メンター」へと姿を変えるのです。
AIは魔法の杖ではなく、「壁打ち相手」である
セッション後の質疑応答では、この「AIとの向き合い方」がさらに深掘りされました。司会のよしむら氏からの「ジュニア層は、AIの言うことを鵜呑みにしてしまわないか?」という鋭い問いに対し、川上氏は冷静に答えます。
「鵜呑みにするのは当然ダメです。AIは嘘もつくし、トレードオフを無視した提案もします。だからこそ、まず人間が形式知として原理原則を学ぶ必要がある。この本で得られるような体系的な知識があって初めて、AIの出力の良し悪しを判断し、対等な『壁打ち相手』として活用できるのです」 —— 川上 明久氏(Q&Aより)
AIに「何を聞けばいいかわからない」状態では、宝の持ち腐れです。どのようなデータベースが存在し、それぞれがどのような特性を持つのか。その全体像をまず人間が把握することで、初めてAIに対して的確な問いを立て、その回答を自らの血肉とすることができる。
AIの登場は、基礎学習の重要性を下げるどころか、むしろ高めているのかもしれません。
地図を手に、カオスの海へ漕ぎ出せ
今回のイベントが私たちに教えてくれたのは、一冊の書籍が持つ、時代への深い洞察でした。『クラウドデータベース入門』が提供するのは、個別のツールの使い方だけではありません。それは、情報が氾濫し、正解が見えにくい現代において、私たちが進むべき航路を自ら見出すための**「学習戦略」そのもの**です。
ツールは増え続け、トレンドは移り変わります。しかし、その根底にあるデータベースの原理原則は、そう簡単には変わりません。その普遍的な知識を核とし、クラウドとAIという現代の強力な追い風を味方につける。
何を学び、何をAIに任せ、どこで人間の判断を下すのか。その取捨選択の能力こそが、これからのエンジニアの真の価値となるでしょう。本書は、そのための「最初の信頼できる地図」として、多くのエンジEニアの航海を力強く支えてくれるに違いありません。
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