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AI時代のデータ世界観チャネル イベントレポート
「The Network is the Computer.」——かつてSun Microsystemsがそう語ったように、偉大なテクノロジーは、その作り手の強い「世界観」と共に時代を動かしてきました。機能の紹介だけでは語れない、その先にどんな社会を描いているのかという物語。私たちは今、そんな物語を再び必要としているのかもしれません。
2025年6月6日、データ実務家コミュニティ「データ横丁」を舞台に、まさにそんな「世界観」を語り合う新たな対談シリーズが始まりました。ホストを務めるのは、データマネジメント領域の革新に取り組むQuollio Technologies CEOの松元亮太氏。そして記念すべき初回のゲストは、AIリスク管理の最前線を走るRobust Intelligence(現Cisco)日本事業責任者の平田泰一氏。
二人の対話から浮かび上がってきたのは、AIがもたらす変化が、単なる技術の進化ではなく、ビジネスのあり方、組織の形、そして「責任」の所在までも問い直す、根源的なパラダイムシフトであるという、強烈なメッセージでした。
AIという名の『非決定論的』な隣人
対談は、平田氏が提示した一枚の地図から始まりました。それは、現代のシステムアーキテクチャの中心に、AIという異質な存在が組み込まれた世界の姿です。
「これまでのIT技術は、基本的に決定論的でした。何かが入力されれば、計算されたものが予測通りに出力される。しかしAIは、入力に対して『推論』した結果を返します。これは非決定論的です。この予測不可能な存在がシステムの中心に座った時、そこが新たなリスクの源泉となり得るのです」 —— 平田 泰一氏
従来の機械学習がデータサイエンティストという専門家の管理下にあったのに対し、生成AIは自然言語というインターフェースを得て、誰もがアクセスできる存在になりました。この「民主化」は、インターネットの登場にも匹敵するほどの革新であると同時に、新たな脅威にシステムを晒すことにもなります。
平田氏は、この課題を**「AIセーフティ」と「AIセキュリティ」**という2つの軸で解説します。
AIセーフティ(安全): モデル自体の品質の問題。AIが差別的な発言をしたり、誤った情報を生成したりしないようにすること。
AIセキュリティ: 外部からの攻撃の問題。悪意ある入力によって、AIに機密情報を漏洩させたり、有害なコンテンツを生成させたり、暴走させたりすること。
「日本ではAIセーフティへの関心が高いですが、グローバル、特にアメリカでは、AIセキュリティの重要性が急速に高まっています。活用が進めば進むほど、守るべき対象も増えるからです」
AIは、もはや単なる便利なツールではありません。それは、予測不能な振る舞いをする可能性を秘めた、新しい隣人です。この隣人とどう付き合い、どう社会に統合していくのか。そのためのルール作り、すなわち「AIガバナンス」が、今まさに問われているのです。
AIエージェントが新卒で入社する日
対話は、さらに未来へと進みます。次なるフロンティアとして注目される**「AIエージェント」**。それは、単一のタスクをこなすAIから、複数のツールを自律的に使いこなし、複雑な業務を完遂するAIへと進化する概念です。
「秘書エージェントに『航空券を手配して』と頼めば、スケジュールを確認し、予約サイトを比較し、決済まで行う。技術的には、もう可能な世界です。しかし、そのエージェントにどこまでの権限を与え、間違いを犯した時、誰が責任を取るのか。これは非常に大きな問題です」 —— 平田 泰一氏
この問いは、会場にいた誰もが固唾を飲んで聞き入った、未来からの衝撃的なニュースによって、さらに現実味を帯びました。
「すでにある先進的な企業では、来年度の組織構成を考える上で、当たり前にAIエージェントの存在を組み込んでいます。『新卒を200人採用する』のではなく、『人間を100人、AIエージェントを100体採用して、各部署に配置する』と。それを前提に、組織やセキュリティをどう設計するかを考えているのです」
AIが、人間と並んで組織図に名を連ねる。それは、もはやSFの世界ではありません。AIを「部下」として、あるいは「同僚」としてマネジメントする「AIオペレーションマネージャー」のような新しい職種が生まれ、私たちはAIの「上司」として、その働き方を設計し、監督し、そして最終的な責任を負うことになる。
松元氏が投げかけた「株式会社という仕組みが定めてきた『責任の所在』は、AIエージェントの登場でどう変わるのか?」という問いに、明確な答えはまだありません。しかし、この問いと向き合うことこそが、AI時代のリーダーシップの始まりなのかもしれません。
日米で異なるガバナンスの世界観
Q&Aセッションでは、AIガバナンスに対する日米のアプローチの違いも浮き彫りになりました。
平田氏によれば、アメリカでは政権交代(2025年時点の仮定)により、かつての大統領令が撤回され、イノベーションを最優先する自由な開発競争へと舵が切られました。一方で、日本は政府、民間、アカデミアが連携する「マルチステークホルダー」方式で、イノベーションを阻害しない形でのルール作りを慎重に進めています。
この違いは、どちらが優れているという話ではありません。AIという巨大な力を前にした時、それぞれの社会が持つ価値観や文化が、その向き合い方をどう規定していくのか。私たちは、その壮大な社会実験の真っ只中にいるのです。
我々はどこへ向かうのか。新たな地図を描くために
あっという間に過ぎた70分。この対談は、私たちに明確な答えではなく、より深く、本質的な「問い」を残していきました。
AIが「予測」するだけの存在から、自ら「行動」する存在へと変わる時、私たちの仕事、組織、そして社会はどう変わるのか。松元氏が語ったように、AIの台頭によって「データ」の定義そのものが、システムが読む情報から、AIエージェントが行動するための「知識」や「文脈」へと拡張されつつあります。
古い地図は、もはや役に立ちません。
平田氏が語ったように、情熱を羅針盤に、誰も踏み込んだことのない「ロングテールの未開拓地」へと挑戦するのか。あるいは、松元氏が取り組むように、その新たな世界を探検するための「メタデータ」という地図を整備するのか。
確かなことは、私たちは今、AIと共に、自分たちで未来の地図を描き始めなければならないということです。この「AI時代のデータ世界観チャネル」は、そのための思索の場として、最高の船出を果たしました。
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