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過去登壇者と振り返るデータエンジニアの技術とキャリアのこれまでとこれから イベントレポート
2025年7月18日、日本のデータエンジニアリングコミュニティにとって、一つの大きな節目となるイベントが開催されました。「Data Engineering Study」の記念すべき第30回、そしてコミュニティ発足5周年。会場は、懐かしい顔ぶれと新たな才能が交差する、まるで同窓会のような熱気に包まれていました。
この5年間で、データの世界は激変しました。しかし、変わったのは技術だけではありません。その技術を手に、現場で格闘してきたエンジニアたちのキャリアもまた、多様な進化を遂げてきました。
本レポートでは、この日登壇した10名の勇者のうち、特に印象的だった5つのLTをピックアップ。彼らが語った「これまで」の奮闘と「これから」の展望から、現代データエンジニアのリアルな姿と、この先の未来を照らす光を探ります。
『Streamlitで実現できるようになったこと、Streamlitが実現してくれたこと』
DATUM STUDIO株式会社 / 山口 歩夢氏
「好き」がキャリアを切り拓く。山口氏のLTは、その美しい実例でした。かつてWebアプリ開発経験がほとんどなかった彼が、Pythonだけでアプリを開発できる「Streamlit」に出会い、夢中になった。その情熱が、一つの大きな物語を紡ぎ出します。
「データカタログをStreamlitで自作したら、社内で好評だった。その小さな成功体験と『この魅力を伝えたい』という想いが、すべてのはじまりでした」 —— DATUM STUDIO株式会社 山口 歩夢氏
ブログ執筆、技術同人誌の自費出版、そして本イベントでの登壇。アウトプットを重ねる彼の活動は、やがて出版社の目に留まり、商業出版『Streamlit入門』へと結実します。この一冊が、現在の職場への転職、そして憧れだったSnowflake Summitへの参加と、Streamlit創業者との対話という夢のような体験に繋がっていったのです。
一つの技術を愛し、その価値を信じて発信し続けることが、いかに人生を豊かにし、新たな扉を開くか。山口氏の歩みは、技術力だけでなく「伝える力」と「挑戦する勇気」が、現代のエンジニアにとって強力な武器であることを、何よりも雄弁に物語っていました。
『室長の逆襲』
株式会社ヤプリ / 阿部 昌利氏
「データ活用の陣地を、いかにして増やすか」。ヤプリの阿部氏が語ったのは、データ組織が社内で影響力を持ち、継続的に価値を生み出すための、極めて実践的な戦略論でした。かつて室長職で苦杯をなめた経験を持つ彼が、現職で「逆襲」を成功させた秘訣。それは、4つの重要なポイントに集約されていました。
サービスに関わる運用システムを持つ:「キングダムに例えるなら、自分たちの『陣地』を持つこと。これがあるだけで、『俺たちはこれだけ金を生み出している』と言える」
メンバーの採用権限を持つ:「これが無いと、内乱が起きたり、後ろから刺されたりする。自分たちの意思でチームを作れることは、とてつもなく大きい」
別部署のミーティングに突撃するメンバーがいる:「ドメイン知識は待っていても手に入らない。開発やビジネスの会議に自ら飛び込んでいくメンバーがいると、組織は強くなる」
他部署のデータ担当者が離職した時、相談される:「いきなり空いた『城』を掌握しに行くチャンス。マーケティングからカスタマーサクセスまで、守備範囲を広げていく」
ユーモアを交えながら語られるその戦略は、データ組織が単なる分析屋に終わらず、事業の中核で価値を発揮するための「リアルな生存戦略」そのもの。データ組織のリーダーや、これからチームを率いる立場にある人々にとって、これ以上ないほどの金言が詰まった5分間でした。
『Snowflake のアーキテクチャは本当に筋がよかったのか』
Snowflake / Yoshi Matsuzaki氏
5年前、日本法人に数名しかいなかった時代に「Snowflakeのアーキテクチャは筋がいい」と語った松崎氏。その言葉が正しかったのかを自ら「答え合わせ」する、という非常に興味深いセッションでした。
「5年前、この機能を解説します、と言ったけど、今見返すと当時は何もなかった(笑)。Web UIも、サーチオプティマイゼーションも。でも、だからこそ証明されたんです」 —— Snowflake Yoshi Matsuzaki氏
彼が示したのは、Snowflakeがこの5年で追加してきた膨大な機能リスト。そのほとんどが、コンピューティング、ストレージ、RBACといった創業時からのシンプルなコア・アーキテクチャの上に、アドオンとして追加されているという事実でした。シンプルな基盤がいかに高い拡張性を持つか、まさに「言うは易く、行うは難し」を体現したのです。答えは、満場一致の「YES」。
また、彼のキャリアパスも示唆に富んでいました。サポートエンジニアから、行動規範のない開発チームへ。その鍵は、「アメリカで一緒に飯を食ったディレクターに、Slackで『ポジションない?』って聞いた」こと。キャリアは、時に大胆な行動とコミュニケーションによって、自ら切り拓くもの。技術力だけではない、そのしなやかな処世術もまた、彼の大きな魅力でした。
『データエンジニアリングにおいて、4年前と変わったこと、変わらないこと』
株式会社AbemaTV / 田中 聡太郎氏
技術の潮流が目まぐるしく変わる中で、データエンジニアリングの本質とは何か。AbemaTVの田中氏は、「変わったこと」と「変わらないこと」という明快なフレームワークで、その核心に迫りました。
変わったこと:それは言うまでもなく生成AIの台頭です。AIの助けにより、かつてエンジニアを苦しめた「2000行の巨大SQLの解読」や「類似クエリの量産コスト」といった問題は、以前ほど気にする必要がなくなってきた、と田中氏は語ります。
しかし、彼の主張の核心は「変わらないこと」の重要性にありました。
「Abemaも10年選手のプロダクト。そうなると『NULL』の定義がめちゃくちゃブレている。『""』なのか、'NULL'という文字列なのか、本物のNULLなのか…。こういう状況で、いきなりAIに『テキスト to SQLやってみよう!』なんてうまくいくわけがない」 —— 株式会社AbemaTV 田中 聡太郎氏
生成AI時代だからこそ、その土台となるデータの品質が、これまで以上に重要になる。**ログやマスターデータの設計、そしてそれを記述したドキュメントの整備。**この泥臭くも重要な仕事こそが、AIの性能を最大限に引き出し、組織全体のデータ活用レベルを決定づけるのです。結局のところ、データエンジニアリングは、今も昔も、この地道な「整備」の仕事に支えられている。その変わらぬ真理を、改めて胸に刻むセッションでした。
『データ活用を組織に浸透させた先に何があるのか』
Classi株式会社 / 伊藤 徹郎氏
データ活用が組織の「当たり前」になった時、その先にどんな景色が広がっているのか。Classiの伊藤氏は、データサイエンティストからプロダクト本部長、そして取締役へと至った自身のキャリアを通して、その一つの答えを示しました。
4年前、彼が語った「天気予報のようにデータが使われる組織」という夢は、今や現実のものとなりました。ユーザーのヘルススコアは全社の共通言語となり、プロダクト開発はデータに基づいた仮説検証が当たり前になったと言います。
では、その先にあったものは何か。
「データ活用は、あくまでHow(手段)。その先にあったのは、『自社サービスの提供価値をいかに上げていくのか』という、ただ普通の、しかし最も重要な命題でした」 —— Classi株式会社 伊藤 徹郎氏
データという強力な武器を手にした彼は、その責務範囲をデータ領域からプロダクト全体、そして経営へと「染み出し」ていきました。データ活用を突き詰めた先に見えたのは、特定の職能に閉じることのない、事業全体への貢献という広大なフィールドだったのです。彼の歩みは、データエンジニアが持つキャリアの可能性が、技術領域だけに留まらないことを力強く証明していました。
コミュニティは、次の5年へ
今回のイベントは、技術的な学びだけでなく、コミュニティの温かさと未来への期待を感じさせる特別な場でもありました。
5年間、コメンテーターとしてコミュニティを牽引してきたゆずたそ氏の卒業。彼が語った「日本のデータエンジニアリングという文化を定着させてきた」という言葉は、この5年間の重みを物語っていました。そして、その意志を継ぐように発表された、クラスメソッドのさはら氏、ステーブルの宮崎氏、TVerの吉田氏という3名の新たなアドバイザーチーム。Slackコミュニティの設立も発表され、Data Engineering Studyは、新たな航海へと帆を上げました。
航海図の、その先へ
5周年という節目に集ったデータエンジニアたち。彼らの話から見えてきたのは、ツールや技術がどれだけ変わろうとも、その中心には常に「人」がいるという、普遍的な事実です。
個人の情熱がキャリアを創り、組織の戦略が価値を生み、コミュニティが知を繋ぐ。そして、その全ての土台には、データを正しく、誠実に扱うという地道な営みがある。
次の5年、データエンジニアリングの航海図は、さらに複雑で、刺激的なものになるでしょう。しかし、この日の熱気と、登壇者たちが示した確かな足跡がある限り、私たちはきっと道に迷うことはない。そう確信させてくれる、忘れられない一夜でした。
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