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セキュリティ解析最前線! リバースエンジニアリングから読み解く 現代マルウェアの実体 イベントレポート
日々巧妙化するマルウェアと、その正体を暴こうとする解析者たち。この終わりなき攻防の最前線で今、地殻変動が起きています。長らく職人技の世界であった「リバースエンジニアリング」に、LLM(大規模言語モデル)という強力なパートナーが登場したのです。
2025年7月16日に開催された本イベントでは、この変革の渦中にいる3名のトップランナーが集結。彼らの言葉から見えてきたのは、単なるツールの進化に留まらない、マルウェア解析の思想、そして事業会社におけるセキュリティのあり方そのものの再定義でした。本稿では、その知見を紐解き、現代のデジタル・ガーディアンたちが歩む道のりを描きます。
『Vibe Malware Analysis』
株式会社サイバーディフェンス研究所 中島将太氏
イベントの口火を切ったのは、サイバーディフェンス研究所の中島将太氏。マルウェア解析の全体像を俯瞰的に解説し、この専門領域にAIがどのように溶け込み始めているかを明らかにしました。
インシデント対応における迅速な原因究明から、攻撃者グループを特定する長期的なリサーチまで、マルウェア解析の目的は多岐にわたります。しかし、その根幹をなす「マニュアル・コード・リバーシング」には、常に高い壁が立ちはだかっていました。
ソースコードのない実行ファイルを逆アセンブルし、その意図を読み解く。関数名も、変数名も、すべて失われた暗号のようなコードの中から、意味のある塊を見つけ出し、名前をつけ、関係性を解き明かしていく…。
この、膨大な時間と経験を要する地道な作業こそが、解析のボトルネックであり、多くの初学者が挫折するポイントでもありました。
しかし、LLMの登場がこの状況を一変させます。中島氏がデモで見せたように、意味不明なアセンブリコードの塊をAIに渡すと、 「これはデータを送受信している処理のようだ」「この関数はファイルを暗号化している」 といった具合に、人間が理解しやすいコンテキストを付与し、適切な関数名や変数名を提案してくれるのです。
これは、解析者が暗闇の中で手探りをする時間を劇的に短縮し、より本質的な「何が起きているのか」という分析に集中できるようになったことを意味します。中島氏のセッションは、AIがマルウェア解析の「最初の壁」を打ち破る強力なツールであることを明確に示しました。
『リバースエンジニアリング新時代へ!「Ghidra」と「Claude Desktop」をMCPで繋ぐ』
株式会社ステラセキュリティ / 株式会社SODA 小竹泰一氏
中島氏が示した可能性を、さらに具体的なワークフローへと昇華させたのが、ステラセキュリティ/SODAの小竹泰一氏です。NSA開発のデファクトスタンダードツール「Ghidra」と、高性能LLM「Claude」を、MCP(Machine-Readable Collaboration Protocol)で接続するという、まさに最先端の試みが紹介されました。
「リバースエンジニアリングの世界では、今年がAI元年かなという気持ちです」 —— 株式会社ステラセキュリティ / 株式会社SODA 小竹 泰一氏
小竹氏は、この新しいワークフローが持つ驚異的な能力を、2つの具体的な事例で示しました。
難読化技術の解読:攻撃者が解析を妨害するために用いる「ボガス・コントロールフロー(偽の条件分岐)」のような難読化技術。人間の目には複雑怪奇に映るこのコードに対し、AIは**「この分岐は実際には実行されない不要なコードであり、解析を混乱させるためのものである」**と、その本質を瞬時に見抜きました。
脆弱性の発見:古典的でありながら今なお強力な脆弱性である「スタック・オーバーフロー」。小竹氏が用意した脆弱なバイナリを解析させたところ、AIは危険な関数(
gets)の使用を指摘し、脆弱性のメカニズムを解説し、さらには安全な代替案まで提示してみせました。
これは、AIが単なる「翻訳者」ではなく、セキュリティの文脈を深く理解した「アシスタント」として機能し始めたことの証左です。専門家でなくともバイナリの脅威をある程度把握できるようになり、専門家はより創造的で高度な解析に集中できる。リバースエンジニアリングの民主化と高度化が、同時に進んでいく未来がすぐそこに見えています。
『Guardians of the Digital Age: 事業会社でのDCUという考え方と偽LINEインストーラー「maline」の解析結果紹介』
LINEヤフー株式会社 首浦大夢氏
AIによる技術革新の話題から一転し、LINEヤフーの首浦大夢氏は、より根源的な「なぜ、私たちは解析をするのか」という問いを、組織論の視点から投げかけました。
首浦氏が紹介したのは、DCU(Digital Crime Unit)という概念です。これは、インシデントが発生してから対応する従来のCSIRT/SOCといった「守り」の組織とは一線を画し、能動的に脅威情報を収集・分析し、犯罪インフラの特定やテイクダウンまで行う「攻め」の部隊です。
その活動の一端として、首浦氏は自身が解析した偽LINEインストーラ「maline」の詳細を解説しました。中国を拠点とするAPTグループ(サイバー攻撃集団)が、SEOポイズニング(検索結果を汚染する手法)を用いてユーザーを偽サイトへ誘導し、正規のLINEインストーラに見せかけたマルウェアを配布する。その手口は巧妙で、正規のLINEがインストールされる裏で、密かに情報を窃取するRAT(Remote Access Trojan)がPCに潜伏するというものでした。
首浦氏は、Ghidraを駆使してDLLサイドローディングの仕組みを解き明かし、C2サーバー(指令サーバー)のIPアドレスを特定。さらに、そのサーバーの特徴から他の犯罪インフラを割り出していく脅威ハンティングのプロセスまでを鮮やかに示しました。
このセッションが伝えたかったメッセージは、単なる技術的な成果報告ではありません。それは、Q&Aでのこの一言に集約されています。
「自社のサービスを用いたマルウェアが存在し、それによってユーザーが被害に遭っている。これを、海外のベンダーが調査してくれるのを待つのではなく、自社のサービスだからこそ、僕らがやる必要がある」 —— LINEヤフー株式会社 首浦 大夢氏
自社のユーザーを守り、ブランドの信頼を維持し、社会全体の安全に貢献する。そのために、事業会社が自ら脅威インテリジェンス能力を持つことの重要性。DCUとは、単なる一組織ではなく、企業がデジタル社会に対して果たすべき「責任」の表明でもあるのです。
解析の最前線から見えた、これからの景色
三者三様のセッションでしたが、その根底には共通したメッセージが流れていました。
それは、テクノロジーがいかに進化しようとも、最終的にその価値を決めるのは人間の「知的好奇心」と「目的意識」 である、ということです。AIは、リバースエンジニアリングの入り口の敷居を劇的に下げてくれました。しかし、その先に広がる未知のコードの森をどう歩き、何を見つけるかは、解析者自身に委ねられています。
偽のインストーラから攻撃者の意図を読み解く首浦氏の執念。難読化コードの裏にあるロジックを暴く小竹氏の探究心。そして、新たなテクノロジーの可能性を貪欲に吸収し、実践に繋げる中島氏の情熱。
彼らが見せてくれたのは、ツールに使われるのではなく、ツールを使いこなし、自らの能力を拡張していく現代のセキュリティ・プロフェッショナルの姿でした。この終わりなき知的な冒険は、これからも多くの人々を魅了し、私たちのデジタル世界を守る礎となっていくことでしょう。刺激と学びに満ちた、素晴らしいイベントでした。
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