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マスタリングAPIアーキテクチャ - Forkwell Library#72 レポート
はじめに
2024年11月6日、Forkwellが主催する Forkwell Library #72 にて、「マスタリングAPIアーキテクチャ ―モノリシックからマイクロサービスへとアーキテクチャを進化させるための実践的手法」という書籍を題材にした勉強会が開催されました。寒さが増してきた晩秋の季節にもかかわらず、オンライン上には多くのエンジニアの方が集い、役立つ知見の共有が行われました。
本書は、近年ソフトウェア開発の中心に据えられつつある API駆動型アーキテクチャ に焦点を当て、基礎から実践的な手法までを幅広く網羅しています。今回は、その日本語版を手がけた 石川朝久(いしかわ・ともひさ)氏 を迎え、以下のようなトピックで講演や質疑応答が行われました。
モノリシックなアプリケーションを、なぜAPIやマイクロサービスで再構築するのか
RESTやGraphQLなど、多様なAPI技術の特徴と設計原則
バージョン管理・セキュリティ・運用方針までを一体で考える実践的なノウハウ
アーキテクトとしての役割と、技術的・組織的な調整ポイント
講演後のQ&Aセクションでは、参加者から「翻訳のきっかけ」「API移行プロジェクトの難しさ」「セキュリティ対策の実例」など、実務に直結するテーマが多数寄せられました。ここでは、イベント全体の流れを振り返りながら、学びのポイントをまとめます。
第1章: マスタリングAPIアーキテクチャとは
1.1 書籍の背景
本書は、既存のモノリシックアプリケーションを分割し、段階的にマイクロサービスへ移行するプロセスを軸にした解説書です。大きく以下のような構成で、APIアーキテクチャを習得するための流れが示されています。
イントロダクション 架空のカンファレンス管理システムを例に、「どうしてAPIに置き換える必要があるのか」を説明
第1部: 設計・テストの基礎 RESTやOpenAPI、バージョン管理、APIテストの全体像を学ぶ
第2部: トラフィック管理 APIゲートウェイやサービスメッシュによる外部・内部トラフィックの制御方法
第3部: 運用とセキュリティ リリース戦略、脅威モデリングや認証・認可の考え方を整理
第4部: 進化的アーキテクチャ クラウド移行やアーキテクチャを長期的に進化させるための実践
講演では、著者の意図を踏まえつつ、役者である石川氏が「本書は APIアーキテクチャにまつわる幅広い内容をコンパクトに押さえつつ、モノリスからの段階的な移行を想定しているのが特徴です」と解説しました。
1.2 イントロダクションのポイント
本書で採用されている C4モデル(コンテキスト・コンテナ・コンポーネント・コードの4段階)や ADR(アーキテクチャーデシジョンレコード) は、アーキテクトが意思決定を行う際の重要なフレームワークとして紹介されています。特にADRを活用した履歴管理は、「なぜその時点でそのアーキテクチャを採用したのか」を後から検証するうえで極めて有効とのことでした。
第2章: APIアーキテクチャの設計からテストへ
2.1 設計の基礎
第一部では、REST APIやGraphQL、バージョニング、OpenAPIなど、APIにまつわる基本概念を整理しています。石川氏によれば、「API設計の原則を一度体系的に学ぶことで、後々の拡張やサービス連携が非常にスムーズになる」とのことでした。APIのドメインモデリングについてはやや抽象的な説明が中心なので、追加で調べる方が実務の参考になりそうだという意見も出ていました。
2.2 テスト戦略
次に紹介されたのが APIテスト の基礎。「コントラクトテスト」「コンポーネントテスト」「E2Eテスト」などがどのように役立ち、どう組み合わせるべきかを丁寧に解説しています。フォーカスされていたのは、マイクロサービス間の依存を可視化し、トラブルを早期に検知する仕組みです。参加者からは「パクトなどのツールを利用し、開発時から利用者と密に連携する理解で合っているか」という質問が出ていましたが、石川氏は「本書でもそうした流れを想定しており、細かな実装方針はプロジェクトごとの事情に合わせて調整するとよい」と回答していました。
第3章: トラフィック管理とセキュリティ
3.1 外部・内部トラフィックの分割
第二部で焦点となるのが、いわゆる ノースサウス(外部) と イーストウェスト(内部) のトラフィック管理です。APIゲートウェイを導入することで、外部公開時のセキュリティ制御や認証プロセスを一括で行い、内部ではサービスメッシュによる負荷分散や通信制御を行うシナリオが示されています。 石川氏は「サービスメッシュがもたらす運用コストと、そこで得られるメリットをどう評価するかがカギです」と補足。マイクロサービスの通信パターンを理解し、必要最低限の構成からスタートするのが無理のない進め方になるという見解でした。
3.2 セキュリティ運用
第三部では、API運用とセキュリティが一体で扱われます。脅威モデリング や OWASP API Security Top 10 を参照しながら、改修時に生じるリスクを可視化する手法が解説されていました。とりわけ、認証認可まわりでは OAuth 2.0 や OpenID Connect が詳説されていますが、やや理論的で事例が少なめという印象もあるようです。 ただし、石川氏自身はセキュリティの専門家ということもあり、「攻撃視点で考えると理解しやすいケースも多く、興味があれば別途他のセキュリティ書籍も参考にしてほしい」とコメントしていました。
第4章: 進化的アーキテクチャとクラウド移行
4.1 アプリケーションレベルの再設計
第四部では、APIアーキテクチャを長期的にメンテナンスしながら、さらなる機能拡張やクラウド移行を進めるためのアプローチをまとめています。 石川氏によると、「本書はモノリスから一部機能をAPIへ切り出す段階を中心に記述していますが、クラウドネイティブなアーキテクチャやZero Trustなど、将来を見据えた改善ポイントにも言及しています。自社システムをどの程度の規模・速度で移行するかは、6Rなどの既存フレームワークを活用することで整理しやすい」とのことです。
4.2 クラウド移行のステップ
クラウドへの移行方針として、リホストやリファクタリングなど複数の方法が検討されます。最後の10章では、カンファレンスシステムがオンプレからクラウドへ段階的に移される様子が描かれ、複数のサービスが混在する過渡期の運用にも触れられます。ここで取り上げられるリリース戦略やオブザーバビリティが、複雑な環境でこそ重要になるのだと再認識できる内容でした。
Q&Aハイライト
イベント後半では、視聴者から寄せられた質問に石川氏が回答しました。主なやりとりをまとめます。
質問1: アーキテクト業務で最も気をつけていることは何ですか?
石川氏は「前提条件をしっかり確認する」「意思決定の理由を後で振り返れるように文書化する」ことの大切さを挙げました。ステークホルダーの背景や制約は多様で、それらを踏まえずに技術選定を行うと、将来的に不整合や不満足が生まれやすいそうです。加えて、「3年後に『なぜこんな実装にしたのか』と突っ込まれた時、説明できるようドキュメントで残す」とも強調されました。
質問2: システム間接続の整合性はどう管理する?
モノリスからマイクロサービス化が進むほど、インターフェイスの合意や整合性確認に悩むケースが増えます。本書でもテストを重点的に扱い、「API利用者と開発者との連携」「契約テストやコンポーネントテストの併用」の有用性を述べています。石川氏は「プロジェクトごとに事情は異なるが、やはり全体をテストでカバーし続け、継続的に不整合をあぶり出すしかない」と話しました。
質問3: 翻訳のきっかけは?
本書の翻訳は、石川氏自身が出版社へ企画を持ち込んだとのこと。英語力だけでなく、日本語でどう伝えるかも大切で、「ネイティブが使う言い回しをそのまま訳すと誤解されることも多い」と苦労を語っていました。翻訳に興味がある方へのアドバイスとして、「自分が面白いと思う書籍を見つけて企画を持ち込み、出版社と調整する方法もある」とのことです。
質問4: アクタモデルなどは扱われている?
本書ではアクタモデルのような概念にはあまり触れていません。マイクロサービス全般を扱う書籍では別のフレームワークも取り上げられるケースがありますが、本書はあくまでAPI駆動型アーキテクチャの実用的手法にフォーカスしているようです。
質問5: 認証認可サービスなどの実例をもっと知りたい
書籍では理論的な側面(OAuth 2.0、OpenID Connectの仕組み)を中心に丁寧に解説しています。ただし具体的な実例はやや少なめで、石川氏自身「攻撃事例から学ぶ方が理解が深まる部分もあるので、別のセキュリティ書籍と併読するとよい」と述べました。
おわりに 〜APIアーキテクチャと未来を描く〜
本勉強会では、モノリシックアプリケーションからAPIやマイクロサービスへ移行する際に生じる多彩な課題が取り上げられました。セッションを通じて見えてきたポイントは以下のとおりです。
モノリスからマイクロサービスへ 段階的なリリース戦略やテスト、セキュリティ設計が欠かせない。特に既存システムとマイクロサービス間の通信制御、認証認可の連携などが大きな課題。
APIのライフサイクル管理と運用 変更を前提とし、常にテストとドキュメントを更新し続ける姿勢が重要。バージョン管理や脅威モデリングの導入でリスクを可視化し、対策する。
アーキテクトとしての視点 広範な分野を考慮し、ステークホルダーとの前提共有と意思決定の履歴化を意識する。コミュニケーションを明確にし、後から振り返れる資料(ADRなど)を整えるとよい。
石川氏は「本書はAPIの基礎を網羅する一方、移行や運用といった現場のリアルにも配慮しています。特定技術に偏らずにコンパクトにまとまっているので、これからAPIアーキテクチャを学ぶ方に最適です」と総括されました。今まさにモノリスを抱えるチームが、将来のマイクロサービス移行を見据えてどう一歩を踏み出すか――本書はそんな悩みを抱えるエンジニアの背中を押す一冊といえるでしょう。
全体を踏まえた感想 〜「自分たちのAPI」をどう育てるか
技術要素だけでなく、運用・セキュリティ・組織への浸透まで見渡しているのが本書の特徴です。Q&Aでも挙がったように、幅広い知識や論理的説明力、そして周囲との連携が必要とされるアーキテクトの業務は、誰しもが「打ちのめされそう」になる領域かもしれません。しかし、意思決定を積み重ねながら、APIを自社のビジネスや組織文化にフィットさせて育てていく過程こそが、アーキテクチャ設計の醍醐味なのでしょう。
APIを導入する理由には、モバイルアプリ連携だったり、外部サービスとの統合、セキュリティレベルの底上げなど様々な背景があります。いずれにせよ、マイクロサービスの可変性と引き換えに複雑化しやすい通信制御、脅威モデリングによる脆弱性対策、そしてリリースやバージョン管理の方針決定が欠かせません。今回の勉強会を機に、「APIという仕組み自体をどう設計し、どう継続的に進化させるのか」を、チームで改めて考えてみるのはいかがでしょうか。
モノリスを抱えて一歩踏み出せない方も、すでにマイクロサービスを走らせている方も――本書が示す段階的な手法と、石川氏が繰り返し強調した「論理的に判断し、後から見返せる形で残す」という姿勢こそが、今後の開発組織を支える大きなヒントになりそうです。
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