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モバイルアプリアクセシビリティLT大会 イベントレポート
公開
2025-04-14
更新
2025-04-14
文章量
約3726字
はじめに
2025年1月10日、「モバイルアプリアクセシビリティLT大会」がfreee大崎オフィス+オンライン配信のハイブリッド形式で開催されました。モバイルアプリのアクセシビリティに特化したイベントは日本国内でも非常に珍しく、企業・個人の枠を超えた大変貴重な知見交換の場となりました。
モバイルアプリは「いつでも・どこでも・誰でも」使えるインフラとして日常に欠かせない存在ですが、まだまだアクセシビリティに関する理解や実践が十分とは言い難い面があります。そこで今回のイベントでは、新しく発売された書籍『モバイルアプリアクセシビリティ入門』をきっかけに、多くのエンジニアやデザイナーが登壇し、経験や学びを共有しました。
本レポートでは、当日のLT(ライトニングトーク)6連発と、後半に行われたfreeeによるセッションの模様をご紹介いたします。最後には全体を踏まえた感想もまとめていますので、ぜひ最後までお読みください。
LTセッション 6連発
オープニングトークの後、6名のスピーカーによる5分LTが行われました。それぞれの取り組みや課題意識は多彩で、モバイルアプリ開発者やデザイナーならではの事例が多く語られました。
1. 株式会社LIFULL・青木さん
LIFULL HOME’SアプリのiOSエンジニアとして、チーム内でアクセシビリティ対応を進めるにあたり「まずは勝手にやってみる」方針を取ったというお話でした。
浸透の難しさ: 既存の開発タスクに追われていると、アクセシビリティの重要性は理解しつつも優先度が下がりがち。
勝手にやっていく仕組み: 新機能やコンポーネントを実装する段階からアクセシビリティを意識し、後で必要にならないよう先手を打つ。
成果の積み上げと発表: 実績を少しずつ重ねて社内外のイベントで共有することで、社内でも「アクセシビリティを意識するのが当たり前」の雰囲気づくりを促進する。
2. 株式会社LIFULL・佐藤さん
同じくLIFULL HOME’SアプリのiOSエンジニアによるオンラインLT。主にコントラスト比やボイスオーバー対応の実例を紹介しました。
コントラスト比: WCAGではなく自社ガイドラインに合わせて計測し、目標値を設定。ボタン・アイコンはAPCA 45以上、テキストはAPCA 60以上を基準に対応。
ボイスオーバー対応: 正眼者が得られる情報以上のことは読み上げない、複数操作がある物件カードでは“アクション”機能を使ってボタンをまとめるなど、実装ルールを明確化。
その先にあるUI改善: アクセシビリティ対応を深めると、そもそもUIのわかりやすさを根本的に見直す契機になるという指摘が興味深いポイントでした。
3. 株式会社サイバーエージェント・あゆさん
アメーバブログなどを開発するチームでのアクセシビリティ推進事例。
ガイドライン整備: Web向けに作られたガイドラインをモバイルアプリにも展開。
既存機能のチェック: Google Play Consoleのリリース概要やユーザー補助ツールを使って不備を洗い出し、状況をチームで共有。
チームへの浸透: デザイナーやビジネスサイドも巻き込んだ輪読会などを実施し、「読み上げされるテキストがどうあるべきか」を議論できる体制づくりを進めている。
4. 長井さん(フリーランスコピーライター)
視覚的表現や言葉遣いの重要性を、UXライティングの観点から紹介。日常的な言葉の認識ギャップ(たとえば「煮詰まる」の解釈など)がアクセシビリティに影響し得ることを示唆しました。
言葉のズレ: 料理用語の「煮詰まる」がポジティブかネガティブかなど、言葉の解釈は人によって異なる。
ライティングの工夫: ボタンやテキストの表現を、誰にでも正しく伝わるように書く必要性。
フォーム設計: 性別や住所入力などで多様なユーザーを想定した項目名・文言を用意できるかどうかも、アクセシビリティの一部と捉えられる。
5. futaboooさん
Flutterを使ったモバイルアプリ開発でのアクセシビリティ対応事例。
Flutterのサポート: iOSやAndroidの標準機能をFlutter側でも活用し、フォントサイズ・スクリーンリーダー等の対応は「結構いける」とのこと。
自動テストやライブラリ: flutter_testやサードパーティライブラリを併用して、アクセシビリティの実装漏れを検出。
Webはまだ大変: クロスプラットフォームで同じコードをWebにも持ち込むと不具合が出やすく、対応コストが高いと語られました。
6. 西川 隆之さん
ロービジョン当事者としての視点を共有。「見え方」の具体例や、スマホでの支障・工夫についてリアルな体験談が印象的でした。
視野狭窄や中心暗転など、多様な見え方: 一口に視覚障害といっても、まったく見えないわけではないケース(ロービジョン)が多数存在する。
アプリ利用の際の困難: 文字サイズ・コントラスト・アイコンの形状など。特にフォントを大きくすると隣のUIが見切れている可能性に気づけないこともある。
実機デモ: 画面配色を反転させた状態や、ボイスオーバーを使った操作を実際に披露。写真だけではわからない当事者のリアルな利用方法が会場を大いに引き込んでいました。
freeeによるセッション
「フリーのモバイルアプリ アクセシビリティの歩み」
フリー株式会社からは、入社当初からモバイルアプリのアクセシビリティ推進に取り組んでいるメンバーが、これまでの歩みを共有しました。以下のようなポイントが印象的でした。
出会いがすべての始まり 2018年に視覚障害のエンジニアが入社。きっかけを得て、勤務管理アプリでのボイスオーバー対応がスタートした。
草の根活動と停滞 初期は週1回のハックデイ枠を使い、少人数で勝手に対応を進める形だった。とはいえ個人の努力に頼ったため、チーム全体への浸透はすぐには進まなかった。
ガイドラインとチェックリスト 2021年にWeb向けアクセシビリティガイドラインをモバイルにも展開し、具体的なチェックリストを整備。これをきっかけに開発やQAのプロセスへ自然に組み込まれ始めた。
請求書アプリで最初から考慮 2023年にリリースされた新規の請求書アプリでは、最初からアクセシビリティを意識して開発を進め、総務省の優良事例にも選出された。
現在の運用 デザイン段階・実装段階・QA段階の3つのフェーズごとにアクセシビリティのチェックリストを用意し、複数の担当者が連携しながら品質を担保している。
「知る」→「熱が高まる」→「チームを巻き込む」というフローを、4〜5年かけて実践してきたというリアルな体験談は、他社や個人での推進にとっても大いに参考になると感じられました。
全体を踏まえた感想 —「出会いと積み重ねが動力源」
本イベントで繰り返し語られたのは、「まずは勝手にやってみる」という草の根活動と、「当事者と出会い、リアルな利用シーンを知る」機会の大切さでした。大規模組織でも初めは少人数が熱量を持って推進し、その発表や社内共有を通じて周囲を巻き込んでいく。これが着実にアクセシビリティ水準を引き上げる道筋になることが、各社の事例から見えてきました。
また、視覚障害と一口に言っても、全盲だけでなくロービジョンや中心暗転など、実に多様な見え方があります。単に「配色を変えればOK」「ボイスオーバーのラベルをつければOK」で終わらせられない複雑さも、当事者の操作デモから強く感じられました。
とはいえ、OSやフレームワーク(iOS・Android・Flutterなど)側の支援も進化しており、開発者にとって導入は決して不可能ではありません。特に今年に入り、あらゆるプラットフォームが公式ドキュメントやカンファレンスなどでアクセシビリティを積極的に取り上げ始めています。こうした「追い風」の中で、今こそアクセシビリティをチーム全体・プロダクト全体で捉える絶好の機会といえそうです。
モバイルアプリアクセシビリティに特化したイベントはまだ少ないですが、まさに「2025年を元年」にすべく、イベント当日は「これからもコミュニティを広げていこう!」といった熱い声も上がりました。開催側としても、今後も定期的な勉強会やイベントを予定しているとのことですので、興味がある方はぜひ次の機会に参加してみるとよいでしょう。
誰もがスマホアプリを使うこの時代だからこそ、「いつでも、どこでも、誰でも」心地よく使えるUI/UXはすべての開発者の共通課題です。今回のLT大会は、アクセシビリティの第一歩を踏み出すうえでのヒントが盛りだくさんでした。参加者同士の懇親も活発に行われ、モバイルアプリのアクセシビリティに関するコミュニティがますます盛り上がっていくことを感じさせる、非常に有意義なイベントとなりました。
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