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「アーキテクトの教科書 ~ 価値を生むソフトウェアのアーキテクチャ構築 - FL #77」イベントレポート
公開
2025-04-13
更新
2025-04-13
文章量
約3576字

Yard 編集部
Yardの編集部が、テック業界の最新トレンドや知見について発信します。
目次
はじめに
1. イベント概要と登壇者
開催の背景
登壇者プロフィール
2. 基調講演:「アーキテクチャを設計するといふこと」(米久保 剛 氏)
書籍の狙い
アーキテクチャの定義
アーキテクトとテックリードの違い
まとめ
3. 事例講演:「非機能品質を作り込むための実践アーキテクチャ」(鈴木 健一 氏)
データ増大が引き起こす問題
継続的アーキテクチャーの導入
直行性を高めるアプローチ
まとめ
4. Q&Aで深まったポイント
4.1 テックリードや開発者がアーキテクトを兼任する場合の学び方
4.2 アーキテクチャをチームに浸透させる方法
4.3 現場にドキュメントや設計情報がなく困っている場合
5. 全体を踏まえた感想
「価値を生む」アーキテクチャとは何か
「いつどこで」始めるかではなく、常に進化させる
全員がアーキテクトマインドを持つ
はじめに
2024年12月19日、Forkwell Libraryシリーズ第77弾として開催された「アーキテクトの教科書 ~ 価値を生むソフトウェアのアーキテクチャ構築」は、ソフトウェアアーキテクチャの重要性が高まるなかで、アーキテクトという役割の裾野を広げることを狙いとした勉強会でした。登壇者は、本書の著者である米久保 剛(よねくぼ たけし)氏と、株式会社ログラスの鈴木 健一(すずき けんいち)氏。前半で米久保氏が書籍の狙いやアーキテクト像を示し、後半では鈴木氏が具体的な事例からアーキテクチャと非機能要件の作り込みについて語りました。
本記事では、前半の基調講演・後半の事例講演の要点と、Q&Aセッションを通じて浮き彫りになったエッセンスを整理します。
https://forkwell.connpass.com/event/338526/
1. イベント概要と登壇者
開催の背景
Forkwell Libraryは、「つぎの一歩が見つかる、気づきと学びの場」をテーマに、IT業界で活躍する著者・訳者・実践者をお招きする勉強会シリーズ。77回目となる今回は、『アーキテクトの教科書 価値を生むソフトウェアのアーキテクチャ構築』(翔泳社)を題材に、アーキテクトが担う役割やソフトウェア設計を基礎から学ぶ狙いで開催されました。
登壇者プロフィール
米久保 剛(@tyonekubo) 氏 『アーキテクトの教科書』の著者。多くの大規模エンタープライズ案件や、自社プロダクト開発でアーキテクトとして活躍。得意領域はアプリケーションアーキテクチャ設計とテスト駆動開発。
鈴木 健一(@_knih) 氏 株式会社ログラス 開発本部 Enabling & Platform部 部長。大規模基幹システムのアーキテクチャ設計やプログラム言語理論の研究、サイバーセキュリティ事業立ち上げを経て、現在はログラスでエンジニアリング組織をリード。
2. 基調講演:「アーキテクチャを設計するといふこと」(米久保 剛 氏)
米久保氏は著書『アーキテクトの教科書 価値を生むソフトウェアのアーキテクチャ構築』の内容を俯瞰的に紹介しながら、アーキテクチャの定義や、アーキテクトの仕事の本質を示しました。
書籍の狙い
幅広いアーキテクト知識を入門しやすく さまざまな設計原則や品質保証、テスト、ドキュメント化まで取り上げ、体系的にまとめることで初学者から中級者にも俯瞰を提供。
アーキテクチャは目的に従う アーキテクチャ設計が果たすべき最上位目的の明確化が前提。そのうえで、必要な品質特性・非機能要件を達成する形を追求する。
アーキテクチャの定義
ISO/IEC 42010では、アーキテクチャを「システムの基本的な概念や特性が、その要素や関係及び設計と進化の原則によって具現化されるもの」と定義。
要素(システムを分割した部品)と、要素間の関係(どのように相互作用するか)を描き、それがソフトウェアに求められる目的・品質特性を実現するために存在。
アーキテクトとテックリードの違い
テックリード: 技術力+ソフトスキルを活かして、開発チームをリードする役割。
アーキテクト: アーキテクチャ設計(アーキテクトリング)を専門に行う職種またはロール。大規模プロジェクトでは専任、少規模ではテックリードや上級エンジニアが兼任することも多い。
まとめ
合目的性: アーキテクチャ設計の前に「何を達成するか」を明確化するのが出発点。
アーキテクトのマインド: アーキテクトだけでなく、開発者全員が設計原則や品質特性を意識して取り組むことが、最終的な価値の最大化につながる。
学習ステップ: 全体感を掴み、深掘りしたい領域を専門書で補強。実際の経験や他者の事例共有から知見を広げる。
3. 事例講演:「非機能品質を作り込むための実践アーキテクチャ」(鈴木 健一 氏)
続く事例講演では、ログラス開発本部でアーキテクチャを担う鈴木氏が「複雑化する業務要求やデータ増大に対し、非機能品質(パフォーマンスや可用性など)をどう作り込むか」の実例を紹介しました。
データ増大が引き起こす問題
パフォーマンス問題: 大規模化に伴いクエリ負荷や計算コストが急増し、レスポンスタイムが不安定化。
インデックスやSQLチューニングの域を超えた改修が必要で、安易にデータベースを変えるにも大きな影響範囲がある。
継続的アーキテクチャーの導入
コンティニュアスアーキテクチャ: 非機能品質を重点的に管理する手法で、品質属性を継続的に計測→フィードバック→修正するサイクルを回す。
特にパフォーマンス(時間効率・スループットなど) の目標値を定義し、アーキテクチャを随時改善する姿勢が要。
直行性を高めるアプローチ
依存関係を整理し、独立進化させたい要素はオニオンアーキテクチャやポート&アダプタパターンで分離。
アーキテクチャ量子: 部分的に独立デプロイできるまとまりを作ることで、非機能対策の影響範囲を局所化しやすくなる。
ログラスでは、ボトルネックとなる集計ロジックを外部サービス化(量子化)することで、ドメイン部分への影響を最小限にしつつ、パフォーマンス最適化の試行錯誤を容易にした。
まとめ
非機能品質は後回しにしがち: だが、増大する複雑性やパフォーマンス問題を防ぐには、早期にアーキテクチャを洗練させる必要がある。
品質属性シナリオの明文化: レスポンスタイム5秒以内など、数値的にテスト可能な形で要件化すると、設計がより具体的になる。
直行性・量子化: 大規模化するほど、一部の機能を独立進化させる必要性が増し、アーキテクチャ設計で「独立できる単位」を意識するのが肝心。
4. Q&Aで深まったポイント
イベント後半は、視聴者から寄せられた質問に対して両名が回答・議論する形で進行しました。以下、特に印象的だったテーマを抜粋します。
4.1 テックリードや開発者がアーキテクトを兼任する場合の学び方
実務内でのチャンスを探す 大掛かりな新規立ち上げが少なくとも、リファクタリングや既存プロジェクトの負債解消プロセスで「アーキテクト的視点」を発揮できる場面はある。
局所的に突出する テスト自動化や運用面の改善など、特定の課題を率先して動き、結果を出すことで実績を積む。
4.2 アーキテクチャをチームに浸透させる方法
対話しながらの開発スタイル 単なるPRレビューだけでなく、モブプロや設計ディスカッションで背景を共有。
設計とコーディングをみんなで行う 特定のアーキテクト個人に依存せず、チーム全員でアーキテクチャを深めていく。
明確なメリットを提示 方針を守らないと手戻りが増える、ルールを守るとレビューが円滑に進む、など、具体的に影響を示すと理解が得やすい。
4.3 現場にドキュメントや設計情報がなく困っている場合
分割統治で全体像を作る 下流のソースコードやインフラ構成を少しずつ調査しつつ、俯瞰図を描いていく。
モデリングセッションやインフラ調査をチームで分担 経験則で早く把握できる人を中心に、全員で作業してマップを共有する。
5. 全体を踏まえた感想
「価値を生む」アーキテクチャとは何か
本イベントの核心は、ソフトウェアアーキテクチャはただの技術的骨格ではなく、ビジネスの上位目標を達成するための仕組みだという点です。アーキテクトは、ユーザーが求める機能要求に加え、性能・拡張性・可用性などの非機能要件をプロダクト戦略にマッチする形で実装する役割を担います。
「いつどこで」始めるかではなく、常に進化させる
すでに大きくなったサービスであっても、非機能品質を後回しにすれば、いずれ手痛いパフォーマンス問題や複雑性に苦しむ可能性が高い。継続的アーキテクチャの考え方では、品質属性を計測し、フィードバックを小さく回す手法が推奨されていました。特にオニオンアーキテクチャやアーキテクチャ量子といった「直行性を高める分割」が鍵になるとのことです。
全員がアーキテクトマインドを持つ
大規模であれば専任アーキテクトが置かれるかもしれませんが、小〜中規模な組織では、上級エンジニアやテックリードがアーキテクトを兼ねることが多いです。いずれの場合も、チーム全員が設計方針を理解・共有することが成功への第一歩。モブプロや設計ディスカッション、適切なドキュメント整備で、当事者意識を広げていくのが効果的と感じられました。
いわゆる「アーキテクトは難しい」というイメージも、学ぶ入り口が抽象的で敷居が高いからこそ生じがちですが、今回の「アーキテクトの教科書」は初学者の背中を押す一冊として最適と言えそうです。ビジネスサイドや他職種と連携しつつ、システムを価値ある状態に育む道筋を理解する——それこそがアーキテクトの醍醐味ではないでしょうか。
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