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「"Tidy First?" 翻訳者陣に聞く!Kent Beck氏の新刊で学ぶ、コード整頓術のススメ」レポート
公開
2025-04-03
更新
2025-04-03
文章量
約2800字
はじめに
2025年2月21日、Kent Beck氏著「Tidy First? ―個人で実践する経験主義的ソフトウェア設計」の翻訳者3名をお招きし、コードの整頓術や翻訳裏話を語っていただくオンラインイベントが開催されました。本書は「XP(エクストリーム・プログラミング)」の生みの親として知られるKent Beck氏が16年ぶりに著した新刊です。ソフトウェア開発者なら一度は耳にした「リファクタリング」や「技術的負債」をめぐる話題が、より個人寄りの視点で深化されているのが大きな特徴といえます。
本イベントでは、翻訳者である吉羽龍太郎さん(アジャイルコーチ・CTO)、永瀬美穂さん(アジャイルコーチ)、細澤あゆみさん(アジャイルコーチ)の3名が一堂に会し、書籍の概説とパネルディスカッションを通じて「整頓(=Tidy)」がもたらす実践的な価値を語りました。本レポートでは、その内容を振り返り、質疑応答から浮かび上がったポイントも交えてまとめます。
書籍「Tidy First?」の概要
Kent Beck氏16年ぶりの新刊
「Tidy First? ―個人で実践する経験主義的ソフトウェア設計」は、Kent Beck氏による約16年ぶりの著書で、日本語版は2024年末に刊行されました。大きく3部構成になっており、第1部・第2部は比較的読みやすいものの、第3部で登場する「ソフトウェアにおける経済的な考え方」がやや難解と感じる読者が多いといわれます。
整頓の本質は「小さく、確実に」
本書での「Tidy(整頓)」は、いわゆるリファクタリングの中でも特に「数分から1時間程度で完了する」規模に焦点を当てています。それは開発者個人が行う範囲のものに限っているためであり、振る舞い(機能)の変更を伴わない、ごく小さな構造変更だと捉えるのがポイントです。
「整頓」をめぐるキーワード
リファクタリングとの違い
リファクタリングという言葉はしばしば「機能変更を含むコード改修」など、誤用されがちですが、本来は「振る舞いは変えず、構造だけを改善する行為」を指します。本書では、機能変更なしのごく短い時間での構造改善を「整頓」と呼び、改めて定義しています。
「先に整頓するのか?しないのか?」
書名の最後にある疑問符が象徴するように、「Tidy First?(先に整頓する?)」はあくまで問いかけです。状況によっては先に整頓しない選択肢もありますが、多くの場合は、将来のオプションを増やす意味でも先に整頓しておくメリットが大きいという結論へと導かれます。
講演:「ソフトウェア開発におけるオプションとは何なのか?」
翻訳チームのひとりである吉羽龍太郎さんは、本書第3部に登場する「オプション価値」「お金の時間価値」を分かりやすく解説してくださいました。
お金の時間価値 明日の1ドルより今日の1ドルが価値を持つ、という考え方を指します。開発を先延ばしにして早く収益化する方が得だ、というロジックにもつながります。
オプション価値 一方で、先に一定の「プレミアム」を払うことで、将来の選択肢を残す(=オプションを確保する)のは非常に大きな価値をもたらします。ソフトウェアでは「コードを整頓しておけば、いざ機能拡張したい時に大幅な書き換えコストを払わずに済む」ことがその例です。
この2つの価値が時に矛盾し、「先に整頓するべきか?後で整頓するべきか?」を判断する際、考慮しなければなりません。本書は「短時間・小規模な整頓は先払いしておくほうが大半の場合で得」という結論を示しています。
パネルディスカッション:翻訳裏話と活用へのヒント
第3部が突きつける“経済的思考”の難しさ
3名の翻訳者は口を揃えて「後半(第3部)はとくに難易度が高い」と語ります。金融の知識を前提とするわけではありませんが、文章がコンパクトゆえに補足説明が少なく、そのままだと理解しづらい点が散見されるとのこと。翻訳者同士で用語や例をどう訳すかを何度も検討したそうです。
“Tidy”はリファクタリングのサブセット
冒頭で示したように、「整頓」は一般的に広義で捉えられるリファクタリングのサブセット。本来の「振る舞いを変えずに構造を改善する」手法をスコープしているため、「まずは数分〜1時間程度の範囲でやってみる」というスタンスが提唱されています。
QAの一例
Q:どこまで事前に整頓すればいい? A: 本書では「数分〜1時間の小さな整頓」に的を絞ります。先に整頓することで得られる選択肢(オプション)がメリットを上回るかは状況次第ですが、多くの場合は“誤差”と見なせる範囲で、先に行うのが妥当とされます。
Q:翻訳で一番苦労したのは? A: 金融の例え話で出てくる「オプション」の説明や“じゃがいも”のメタファに関する章です。論理が短い文章に凝縮されていて補足が少なく、ニュアンスを伝える工夫が必要でした。
コード整頓の実践例
講演やパネルの中でも強調されていたのが「整頓は日々の小さな行動に落とし込むべき」という点です。たとえばエディタで1つの関数を空行で区切って可読性を上げるのも立派な整頓。短時間に終わるので、将来の拡張を助けるオプション価値に対するプレミアムとしてはごく小さい出費で済むわけです。
また「ボーイスカウトルール」に近い考えとして、「訪れた箇所を少しだけ綺麗にしておく」といった習慣化が効果的であると多くの参加者からも賛同の声が挙がりました。
全体を踏まえた感想 ~コード整頓で生まれる“将来の自由度”を意識しよう~
参加者の多くは“リファクタリング”をどこまで・いつ行うべきかを常に悩んでいるようでした。本書のメッセージは「何もかも整頓せよ」ではなく、「小さい範囲であれば先に整頓するメリット(オプション価値)が大きい」という、経済的視点による裏付けがあるということです。
複雑な経済理論のように思える「オプション価値」ですが、要は「今小さく整頓することで、将来の変化に柔軟に対応できる」ということ。本書を通じて“整理整頓”の重要性を再認識し、それを仲間や上長に合理的に説明できる術を得られたのではないでしょうか。
また翻訳者3名からの裏話やQ&Aでは、ケントベック氏が「Tidy First?」に込めたメッセージの深さだけでなく、翻訳上の工夫や構造上の背景も垣間見え、参加者の理解をいっそう後押ししてくれるイベントとなりました。
ソフトウェア設計の大御所が問いかける「Tidy First?」という疑問形。そこにはひとりひとりの開発者が自律的に判断を下し、先を見据えた設計を実践していってほしいという願いが込められているようです。
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