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実例!フロントエンドの技術選定とその後をADRから振り返る
公開
2025-04-02
更新
2025-04-02
文章量
約3905字
2025年3月26日、オンラインにて「実例!フロントエンドの技術選定とその後をADRから振り返る」というイベントが開催されました。本イベントでは、ソフトウェア開発における意思決定を記録する手法として知られるADR(Architecture Decision Record)を切り口に、フロントエンド技術の選定・運用事例がじっくり共有されました。
サイボウズ株式会社のSakitoさん、株式会社ROUTE06の宮城さんをゲストスピーカーに迎え、それぞれの企業での具体的な採用背景や思考法、そしてADRを活用してどのように技術選定を未来へつなげているかが語られました。最後にはパネルディスカッションを通じて、お二方の豊富な経験則が参加者の質問に答える形でより深堀りされ、フロントエンド開発のみならず、組織全体のアーキテクチャ決定を支える記録の作り方について、実践的なヒントが続々と提示されたのが印象的でした。
イベント概要
イベント名:実例!フロントエンドの技術選定とその後をADRから振り返る
開催日時:2025年3月26日(19:00~20:00頃)
開催形式:オンライン(Zoomウェビナー)
主催:JAWS-UG SRE支部 / Findy Tools(ファインディ株式会社)
テーマ:フロントエンド開発における技術選定の事例共有、ADR導入・運用の実践レポート
ADRがいわゆる「書式化されたドキュメント」だけに留まらず、意思決定のプロセスそのものを組織で共有し、過去の決定やその背景を将来の改善に結びつける仕組みとして機能する点は、近年ますます注目が高まっています。フロントエンドの世界ではライブラリやフレームワークの選択肢が飛躍的に増えており、しかも技術の陳腐化が速い。そんな中で「なぜその技術を選んだか」を記録しておけば、時間が経ってからも再検討やオンボーディングに役立つ――このイベントでは、まさにその実例を学ぶ場となりました。
1. 「ADRとは」 / 「技術選定を未来につなげて活用していく」
Sakito(サイボウズ株式会社)
最初の登壇では、サイボウズ株式会社のSakitoさんが「ADR(Architecture Decision Record)の概要」や「サイボウズにおけるフロントエンド技術選定へのADR活用」を紹介しました。
ADR(アーキテクチャディシジョンレコード)とは
意思決定内容を記録するだけでなく、意思決定に至るプロセスを含めてドキュメント化する手法
決定そのもの(何を選んだか)だけではなく、コンテキスト(なぜ選んだのか)やトレードオフ、関係者などを整理・保存するのが肝
過去の決定を後々参照しやすく、新規メンバーのオンボーディングや再検討時に大きな助けとなる
Sakitoさんのチームでは4年ほど前から本格的にADRを運用し、フロントエンド移行プロジェクトで実に30以上ものADRが生まれたとのこと。たとえば、
ディレクトリ構造設計
使用するライブラリの選定理由
テストの方針
CSS設計の方針
など、フロントエンド開発が抱える多様なテーマがADRとして記録されているそうです。
良かった点
大規模プロダクトでもチーム間レビューがしやすい 同じフォーマットで意思決定の背景が共有されるため、過去のコンテキストを追いやすい
人が抜けても、なぜその設計・方針になったかを遡れる 均等(kintone)は15年以上続く大規模開発プロジェクトだが、ADRにより組織的ナレッジを継承しやすくなった
改善の余地
組織的観点・採用観点など、より大きな視点の意思決定を盛り込むのが難しい 例えば「長期的にどう保守可能か」「新規採用者がすぐ学習できるか」などは、メンバー個々の視点だけでは書きづらい
ADRが増えすぎて、どれがチーム横断で適用できるか整理が必要 結果として「技術選定をスキップすれば済むのに、毎回検討してしまう」事例が出てきがち。 横断的なベースガイドライン作成など、上層(エンジニアリングマネージャーなど)による統合が必要
Sakitoさんは、こうした課題を踏まえて 「フロントエンド・フィロソフィー」 のような方針文書を社内で作りつつ、ADRを組織面でももっと活かせるように挑戦中とのこと。今後はAIとの連携にも期待しており、「会社ごとのコンテキストが詰まったADRデータは強い武器になる」と語っていました。
2. 「プロダクトの性質によって変わるADRとの向き合い方と、生成AI時代のこれから」
宮城 広隆(株式会社ROUTE06)
続いてはROUTE06の宮城さんが、同社でのADR文化や、実際の大規模案件と小規模新規事業案件で異なるADR運用例、さらに生成AIとの関わり方を共有しました。
ルート06とADR
2020年創業のスタートアップだが、複数の新規事業や受託案件で早期からADRが導入されてきた
企業オペレーションをGitHubで完結させる文化があり、会社の組織運営すらプルリクで進めるというエンジニアドリブンな環境
「ADRは意思決定を破棄しやすくする技術だ」 という考え方が印象的
過去の決定がドキュメント化されているおかげで、「誤りを恐れずとりあえず決める → あとで破棄する」をポジティブに捉えられる
大規模案件 vs. 小規模新規事業
大規模案件
BtoBの大規模SPA、複数人が並行開発、ライブラリ選定に悩むなど多要素があった
ライブラリ選択(CSS in JS か、Next.js か等)など大きな検討が多く、詳細なADRが1年で50件ほど生まれた
「開発メンバーが多い → 非同期で共通理解を進めたい」というニーズがあり、議論自体をプルリクで行い、確認・合意に活用
小規模新規事業(自社OSS『Liam ERD』)
プロダクト規模もまだ小さく、フルスタックエンジニア5名ほどが同じコンテキストを共有
あまり悩む余地のないところはADR化せず、「意思決定にトレードオフがある」際のみ簡潔に記録
必要最低限の数(20件ほど)でも十分価値がある運用を実現
このように、プロダクトやチーム体制に応じてADRの運用スタイルを最適化すべきというのが宮城さんの結論。すべてに細かくADRを書く必要はなく、悩んだ時に書けばよい場合も多いという柔軟な事例が語られました。
生成AIとADR
宮城さんは最後に、「生成AIがコード補完を担う時代のADR」への考察を提示。
AIコーディングツールの提案はあくまでジュニアエンジニアレベルの補完。アーキテクチャやトレードオフ判断には、依然として人間の知恵が不可欠
一方で、AIにADRデータを与えれば、過去の意思決定理由をAIが理解しやすくなり、将来のドキュメント生成やコードへの反映をアシストできる可能性が大いにある
つまり、今こそ「アーキテクチャ決定の理由」という社内特有のコンテキストを綺麗に残しておくと、AI活用の大きな財産になる
パネルディスカッション
最後はお二人のスピーカーとモデレーター(Findy 新福さん)によるパネルディスカッション。参加者からの質問を取り上げながら、主に以下の話題が盛り上がりました。
「技術選定後にライブラリがメンテナンスモードになってしまったら?」
たとえばスタイルドコンポーネンツの事例のように、時流で変わるのは避けられない
しかしADRで過去の決定理由がわかっていると、再選定や新たな方針立案がスムーズに進む
「書くほどでもない技術はどう扱うか」
TypeScriptなど、すでに業界標準の選択肢にはトレードオフ検討の余地が少ない場合、ADRにしない事例も
「悩んだら書く」 を基本に、悩まなければすぐ採用してOK、という柔軟さが重要
「コンテキスト共有で大事なこと」
「なぜそう決まったのか」を丁寧に残すために、ドキュメントだけでなく議論ログや背景リンクを貼る工夫
組織観点(採用しやすさ・長期保守)も含めた広い視点があるとなおよい
ADRは「間違いを犯さないため」ではなく「間違いを恐れず決定し、あとから破棄・変更することまで含めて価値を持たせる」ための手段である――そんな共通認識が見えたのが非常に印象的でした。
未来に届けるフロントエンド意思決定、AI時代でさらに輝くADR
フロントエンド開発は、ライブラリ・フレームワーク選定やビルドツール、CSS設計など、悩ましい論点が尽きない分野です。それらの選択肢が増えつつサイクルも速いからこそ「なぜその技術を選んだか」を後から参照できる形で記録しておくことが、プロジェクト寿命を延ばし、リファクタリングやメンバー交代での混乱を抑えるために重要になっています。
今回のお二方の事例からは、「ADRを運用することで過去の決定を踏まえた次の再選定がしやすくなる」「決定理由やトレードオフの共有がしやすくなり、組織として技術に腰を据えて向き合える」というメリットが改めて強く感じられました。また、生成AIを使ってコードを自動生成したり、議論を高速化する潮流を見据えると、“人間が言語化したコンテキスト” の価値はかえって高まるという指摘も大変示唆に富んでいます。
フロントエンドだけでなく、あらゆる開発チームが組織的に長期運用の道を歩むならば、意思決定ドキュメントによる知見の蓄積はこれからますます必須になりそうです。今後もそれぞれの企業で実践の輪が広がり、AIとの連携や組織全体を巻き込むような形で進化していくADR文化が、どんなイノベーションを生むのかますます楽しみですね。
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