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サービス依存を超える設計思考 ~クラウドネイティブ世代が習得すべき本質的なマインド~ レポート
公開
2025-03-16
更新
2025-03-16
文章量
約4387字

Yard 編集部
Yardの編集部が、テック業界の最新トレンドや知見について発信します。
はじめに
クラウドネイティブが当たり前になった今、インフラやアプリケーションの構築は格段にスピードアップし、多彩なサービスを組み合わせることで多様な要件を手早く実現できるようになりました。一方で、クラウドサービスを 「使いこなせばいい」 という発想に偏りすぎると、“本質的な設計力”が置き去りになる可能性があります。
2025年1月22日に開催された「サービス依存を超える設計思考 ~クラウドネイティブ世代が習得すべき本質的なマインド~」は、まさにこのテーマを深掘りするオンライン勉強会でした。
オンプレ時代から培われてきた厳格な設計手法や、顧客・現場の声を丁寧に掘り下げる大切さ――それらを取り戻したうえで、クラウドならではのフレキシビリティを活かす視点が、新たな価値を生み出すというメッセージが印象に残る内容でした。
本レポートでは、イベントの各セッションを追いながら、登壇者たちが語った 「サービスに振り回されない設計」 と 、これから待ち受けるAI時代にどう立ち向かうか、そのヒントをまとめます。
オープニングとイベント概要
本イベントの主催は、NECソリューションイノベータ株式会社。社内のクラウド活用をリードする三名のエンジニア(田中 拓摩氏、加藤 寛士氏、稲永 葵氏)が、それぞれの視点から 「クラウドネイティブ時代だからこそ必要な設計の本質」 を語りました。
講演テーマ
クラウドネイティブ時代の盲点と可能性
~サービス依存を超える課題解決の第一歩~(稲永 葵氏)
オンプレ時代に学ぶ、設計の大切な基本
~設計力を磨くためのヒント~(加藤 寛士氏)
サービス依存を超える設計思考
~クラウドネイティブ世代が習得すべき本質的なマインド~(田中 拓摩氏 他)
登壇者それぞれの背景は多彩です。オンプレど真ん中でキャリアを重ね、クラウドに挑んだベテラン、あるいは新卒からクラウド世代に飛び込み、最新技術を担う若手――その三者が同じ会社で切磋琢磨する様子が、セッション中のやり取りからも伝わってきました。
クラウドネイティブ時代の盲点と可能性
― サービス依存を超える課題解決の第一歩
最初に登壇したのは、2021年入社の若手エンジニア、稲永 葵氏。クラウドネイティブな環境に身を置いてきたものの、「いつの間にか“クラウドサービスの使いこなし”が目的化していた」と振り返ります。
1. サービスありきで走り出した結果…
稲永氏が挙げた失敗事例は、いずれも 「クラウドだからサクッとできる、イコール最適解」と 思い込むことで、後に運用負荷や変更対応が膨れ上がるパターン。
「とりあえずEKS(Kubernetes)を導入しよう」と提案したら、バージョン管理が複雑になり、運用に大きなコストが掛かった
「VPCを増やすだけでセキュリティを担保できる」と踏んでしまい、実はアカウント分離のほうが適切だった
「APIゲートウェイなら100MB超のファイル送信もいけるだろう」と思い、後で制限に気づく
こうした失敗を通じて、稲永氏は 「本当にそのサービスが必要か、目的は何か」 を問わずに手を動かすことの危険性を再認識したそうです。
2. 本質的な問いを忘れない
クラウドは柔軟かつ拡張性が高い一方で、運用段階で予想外の負荷や制限に直面するケースも少なくありません。稲永氏は「なぜその構成が必要なのか」「どんな運用を想定しているのか」を開発初期にしっかり詰めることで、クラウドの“お手軽さ”に振り回されなくなる、と強調します。
そのうえで、「失敗するほど学べる」という若手ならではのエネルギーを感じさせるプレゼンでした。
オンプレ時代に学ぶ、設計の大切な基本
― 設計力を磨くためのヒント
次に登壇した加藤 寛士氏は、長らくオンプレミス環境で大規模基盤を構築してきた「オンプレ育ち」。近年はAWSアーキテクトとしてクラウドにも携わる立場から、「昔のオンプレ文化にこそ、クラウド時代の設計を左右するヒントがある」と語ります。
1. オンプレ育ちが鍛えられた3つのスキル
リソースが限られた環境での最適解探し
ハードウェアを前提に、予算や期限から最適リソースを算出するクセが身に付いている
複雑さを排除するための標準化
人が運用する以上、シンプルで再現性のある設計が不可欠
厳しい要望に応えるカスタム適用力
既存システムや特殊要件に合わせざるを得ない中で、柔軟な“落とし所”を見つけてきた
これらは「クラウド世代とは無縁」に思われがちですが、設計の根本には全く同じ大切さがあるのだと加藤氏は強調します。
2. 設計思考の軸は変わらない
オンプレ時代から学べる本質として、加藤氏は以下の3点を挙げました。
なぜなぜ思考で背景を掘り下げる
そもそも顧客がやりたいことは何か? 「本当に必要?」を問い続け、不要な機能を削る。
全体を俯瞰し、一貫性を守る
オンプレでもクラウドでも、部分最適に走ると後から破綻しやすい。標準化・ルール化が重要。
サービス・ツールにも制限がある
いかにスケーラブルなクラウドでも、ハードリミットやコスト上限は存在する。見落とせば運用で苦しむ。
クラウド世代は、更新されるサービスの機能ばかりに目を奪われがち。
しかし、加藤氏は「オンプレ時代に確立された“設計の型”は、いまだに強力」と説き、「これをうまくクラウドに持ち込めば、より高い視座でアーキテクチャを描ける」と参加者へエールを送りました。
サービス依存を超える設計思考
― クラウドネイティブ世代が習得すべき本質的マインド
最後のパートは、田中 拓摩氏がモデレーターを務めつつ、3名でディスカッションする形式。前半2セッションを踏まえ、「クラウドの良さを認めつつ、どう本質的な設計に立ち返るか」を改めて整理しました。
1. クラウド設計における陥りがちな罠
昨日のベストプラクティスが今日もベストとは限らない
新機能が続々追加され、リミットやコスト構造も頻繁に変わる。だからこそ、決め打ちではなく常に確認が必要
サービスに振り回されるのは本末転倒
使える機能を全て入れ込むのではなく、まず「どんな価値を届けるか」を起点にする
2. オンプレとクラウドを掛け合わせる
オンプレ思考の「なぜなぜ掘り下げ」や「全体設計の一貫性確保」は、クラウドならではのスピード感・サービスの幅広さと非常に相性が良い。
背景を深く理解する
→ オンプレ時代の「担当者同士の濃厚なすり合わせ」を思い出す
サービス選定は“ベストよりベター”
→ 時間経過で変わりうることを前提に、「全体に与える影響」を考慮しながら決定する
3. AI時代への視座
加藤氏や田中氏は、 「AIがコード生成や下流工程を担ってくれる時代は近い」 と指摘。そのとき人間が注力すべきは、「課題設定」や「意味づけ」、そして「コミュニケーションを通じた合意形成」などだろうといいます。
クラウドネイティブ時代に学ぶ設計思考は、AI時代にも連続的に活かせるはず。そのためにも、「サービス依存を超えた柔軟なマインド」を身につけることが急務だと強調されました。
まとめ:本質を取り戻すエンジニアリングへ
90分にわたる勉強会を通じて見えてきたのは、オンプレ時代のような厳密なリソース管理や運用設計が、クラウドネイティブ時代にこそ再評価されているという事実です。最新のサービスを知り尽くし、アーキテクチャをすばやく組み上げるスキルだけでなく、以下が改めて重要だと再認識されました。
なぜ・何が本当に大事かを問う
「サービスを導入する」「クラウドを選ぶ」こと自体が目的化しないように、課題や顧客価値を掘り下げる
一貫性と全体最適
局所の要望に振り回されると、将来の変更や成長に支障が出る。全体の設計方針をブレさせないバランス感覚が肝心
制約を見極める
クラウドでもリミットやコストは存在し、AI時代だからこそ人が考えるべき要素は増える可能性もある
エンジニアリング界隈ではAIが注目を集めていますが、その前段階として 「クラウドをどう使いこなすか」 すら混沌としがちな実情も明かされました。だからこそ、今回のようなオンプレとクラウドの“いいとこ取り”を考える機会は貴重なのかもしれません。
例えば、オンプレ経験が浅いクラウドネイティブ世代は「機能を全部載せする前に、不要なものを削ぎ落とす目」を養うことが大事でしょう。また、オンプレからクラウドへ移行中のエンジニアは、自分の中にある厳格な設計力を武器に、クラウドの柔軟性を最大限活かす道を探せるはず。
そしてAI時代が到来すれば、下流工程が自動化され、さらに多くの手段が手軽に試せるようになります。ますますエンジニアの価値は「何を実現すべきか」「実際の運用や効果をどう確かめるか」をデザインする部分へ移るでしょう。本イベントが示したのは、その根本はすでにオンプレ時代から脈々と受け継がれており、「サービス依存を超える」ことが鍵なのだ、ということでした。
全体を踏まえた感想:あらためて設計の「軸」を問い直す
クラウドネイティブの普及により、多くの企業が開発スピードを上げ、短期サイクルでサービスをリリースし続けています。しかしイベントを通じて浮かび上がったのは、「スピードや柔軟性が向上した反面、本質的な設計力を磨く機会が薄れがち」という現実でした。
オンプレ時代は、資源が限られ、冗長なカスタム要件があればすぐに現場が疲弊する――そんな厳しい環境下だからこそ、
「なぜ?」「本当に必要?」 を問い続ける
標準化・シンプル化の努力を惜しまない
相手の要望を鵜呑みにしないで、代替案を提示する といった姿勢が当たり前に鍛えられたのかもしれません。 クラウド全盛となった今だからこそ、そのオンプレ時代のエッセンスを思い起こし、「サービス依存」ではなく「本質への回帰」を設計の出発点にしよう――そんなメッセージが強く感じられる勉強会でした。
さらにAI時代を見据えるなら、スピードや自動化の先にある「課題設定」「合意形成」「運用時の価値検証」といった部分こそ、人間エンジニアが本気で取り組むべき領域でしょう。クラウドサービスの知識と、オンプレ譲りの綿密な思考、そしてAIを巧みに活かす柔軟性――この三位一体で、新たな価値創造が加速するのかもしれません。
本イベントで共有された知見は、決して「オンプレに戻るべき」という話ではありません。むしろ、クラウドネイティブが標準となった時代に改めて 「エンジニアリングの本来の面白さ」 を呼び起こすヒントを提示してくれました。 設計の軸を問い直し、サービスの裏にある原理や要件を深く理解してこそ、クラウドとAIが最大限力を発揮する――そう感じさせる、示唆に富んだ90分だったと言えるでしょう。
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