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2025-02-01
2025-02-02
約6825字
Yard 編集部
目次
1. はじめに
SREの役割と重要性
障害対応のゴールと本記事の目的
本記事で扱う範囲と前提
2. 障害(インシデント)の定義と基本概念
インシデントと障害の違い
インシデントの種類
インシデント対応と問題管理
3. インシデント対応の事前準備
監視・アラート設計のポイント
ドキュメント整備
On-call体制の構築
コミュニケーションチャネルの整備
4. 障害発生時のマネジメントフロー
検知(Detection)
トリアージ(Triage)
エスカレーション(Escalation)
復旧(Resolution)
コミュニケーション
5. インシデントコマンダーの役割とチーム体制
インシデントコマンダーのリーダーシップ
ログ取り・テクニカルリードなど各ロールの役割
ステークホルダー管理とコミュニケーションの要点
6. 障害対応の実践事例
よくある障害事例
成功・失敗パターンの比較
7. ポストモーテム(Postmortem)の重要性
ブレームレス・ポストモーテムの文化
実施プロセス
ポストモーテムのテンプレート例
8. 継続的な改善と学習の仕組み
インシデントからの学習と共有
監視・アラート・運用手順の継続的見直し
DevOps/SRE的カルチャーを育むためのチーム内教育
9. ツールとプラクティス
障害対応を支援するツールの紹介
チャットOps・自動化の活用
ナレッジ共有プラットフォームの構築
10. まとめと今後の展望
主要な学びとポイントの振り返り
組織としてのインシデント対応成熟度を高めるには
今後の課題・トレンドと参考リソース
SRE(Site Reliability Engineering)は、Googleが提唱した概念であり、ソフトウェアエンジニアリングのアプローチを用いて運用やインフラの信頼性を高める手法・役割を指します。
SREの重要なポイントは、「開発」と「運用」の垣根を低くし、チーム全体でサービスの可用性やパフォーマンスを最大化することにあります。
従来の運用エンジニアと比較しても、SREはソフトウェア開発の知識を活かしつつ、インフラ障害対応だけでなく、サービスの信頼性を高めるためのプロセス改善や自動化に注力する点が特徴です。
障害を如何に素早く検知し、最小限の影響範囲に抑え、再発を防ぐか—この一連のフローを包括的に担うのがSREの大きなミッションとなります。
システム障害(インシデント)は、どんなに対策を講じていても発生してしまう可能性があります。
重要なのは、発生した際に迅速かつ的確に対処し、サービスへの影響を最小化することです。また、障害から得られた学びを次の改善につなげることで、組織やサービス全体としての成熟度を高めていくことができます。
本記事では、SRE(インフラエンジニア)が担うべき障害対応の一連の流れ—インシデント管理からポストモーテムまで—を体系的に解説し、実践的なポイントを共有します。
本記事は、Webサービスやクラウド環境を前提としたインフラ・アプリケーション運用を行うエンジニアやチームリーダーを主な対象としています。
オンプレミス・クラウドを問わず通用する一般的な考え方を中心に解説しますが、読者がAWSやGCPなどの主要クラウドサービスを利用しているケースを想定すると理解しやすいでしょう。
一般的に、インシデントは「通常の運用やサービスレベルに影響を与える、もしくは与える可能性のある事象」として定義されます。その中でも、ユーザーがサービスを正常に利用できない状態を「障害」と呼ぶことが多いでしょう。
たとえば、レスポンスが極端に遅くなったり、サービスそのものが応答しなくなったりといった状態が「障害」に該当します。
ただし、インシデントの定義は組織によって微妙に異なります。
「何をもってインシデントと呼ぶか」「どのレベルから障害扱いにするか」をチーム全体で明確に共有しておくことが重要です。
インシデントは規模や影響度に応じて多岐にわたります。たとえば、以下のように分類されることがあります。
ITIL(IT Infrastructure Library)などのフレームワークにおいては、インシデント管理(Incident Management)と問題管理(Problem Management)が区別されます。
「検知できない障害には対応できない」という言葉が示すように、まずは適切な監視体制を整えることが重要です。監視対象はサーバリソース(CPU、メモリ、ディスクなど)だけでなく、アプリケーションレベルのメトリクス(レイテンシ、エラー率、スループットなど)やビジネス指標(購買数やユーザーアクション数など)を含みます。
アラート設計においては、重要なポイントを見極め、不要なアラートを削減しつつ、重大な異常だけが際立つようにすることが大切です。
過剰なアラートノイズはオンコール担当者を疲弊させ、逆に重大インシデントを見逃すリスクを高めます。
障害が起きたときにスムーズに対応を進めるため、以下のようなドキュメントをあらかじめ整備しておくことが望ましいです。
24時間365日のサービスを運用するには、オンコール体制が欠かせません。複数のメンバーでシフトを組み、休日や深夜に発生した障害に対応できるようにします。
オンコール担当者の負荷を軽減し、チーム全体で公平にローテーションする仕組みを整えることで、モチベーション維持と品質向上を図ります。
インシデント対応ではチーム内外との迅速な連携が求められます。
SlackやMicrosoft Teamsなどのチャットツールや、Zoomなどの音声会議ツールを活用し、インシデント専用チャンネルを用意しておくと便利です。
状況に応じて利用するツールをチームで明確に決めておき、混乱を防ぎます。
障害が発生した場合、監視ツールからの自動アラートや、ユーザーからの問い合わせを通じて検知されることがあります。
自動アラートの閾値設定を適切に行うことで、できるだけ早期に異常を察知し、対処を開始することが可能になります。
障害が発生してアラートを受け取った段階で最初に行うのが、インシデントの優先度を判断する「トリアージ」です。
影響範囲が全ユーザーに及ぶか、一部の機能だけが影響を受けているかなどを即座に判断し、対応の緊急度を決定します。
緊急度が高い場合はすぐに対応開始し、関連メンバーへ連絡します。
インシデントが重大な場合や、オンコール担当者だけでは対処が難しい場合は、インシデントコマンダー(Incident Commander)を立て、より専門的なスキルを持つメンバーや上位層へエスカレーションします。
エスカレーションによってチーム全体が迅速に状況を把握できるようになり、必要に応じて経営層や広報担当なども巻き込む判断がなされます。
エスカレーション後は、インシデントコマンダーの指揮のもと、原因調査と暫定対策の適用を行います。
サービスダウンの場合は、まずはユーザーに影響が及ばないよう緊急避難策(サーバの切り替え、トラフィックのルーティング変更など)を実施し、同時に根本原因の調査に取り組みます。
原因が判明すれば恒久対策を検討・実施し、サービスを安定稼働へと戻していきます。
障害対応中はリアルタイムで状況が変化するため、社内外への報告が欠かせません。
特にユーザーへのアナウンスが必要な場合は、公式SNSやステータスページなどで定期的に更新を行います。
社内に対してはチャットツールや音声会議で現在の状況、原因の見込み、対応見込み時間を共有し、メンバー全員の認識を合わせます。
インシデントコマンダー(IC)は、障害対応時の総責任者として意思決定を行います。技術的な詳細を必ずしも深く理解している必要はありませんが、チームの力を最大限に引き出すためのリーダーシップと判断力が求められます。
必要なときには迅速に指示を出し、障害対応に関わる各メンバーのタスクを整理し、優先度をつけて進行管理を行う役割を担います。
障害対応には複数のロールが存在します。たとえば、以下のような役割分担が一般的です。
障害が大規模になるほど、社内の経営層や広報、顧客サポートなどのステークホルダーが多くなり、情報共有や調整が複雑になります。
インシデントコマンダーやコミュニケーション担当は、以下の点に気をつけて情報を適切に管理しましょう。
ブレームレス(Blameless)・ポストモーテムの考え方は、障害に対して個人の責任追及を行わず、システムやプロセス上の課題を浮き彫りにし、学習と改善にフォーカスするものです。
誰かを責める雰囲気があると、正確な情報が共有されないリスクが高まり、再発防止やチームの成長に逆効果となります。
ポストモーテムを実施した後、それをチーム内に共有し、生かさなければ改善は進みません。
知見をブログやWiki、Confluenceなどにまとめ、メンバーがいつでも参照できるようにしましょう。
勉強会やスプリントレトロスペクティブの場で共有するのも効果的です。
障害を経験するたびに、監視項目やアラート設定、手順書を見直すサイクルを回すことがSREの成熟度を上げる鍵となります。
サービスがアップデートされるたび、依存関係や必要な監視指標も変わる可能性があるため、定期的に棚卸しする習慣を持ちましょう。
SRE文化の根幹には「学習」「自動化」「共有」があります。
新人エンジニアや他部署のメンバーにも継続的に教育機会を提供し、障害対応のフローやツールを学んでもらうと同時に、ブレームレスカルチャーの重要性を理解してもらう必要があります。
チャットOpsとは、チャットツール上で運用コマンドを実行したり、状態をモニタリングしたりする手法を指します。
Botを活用してインシデント対応の定型タスクを自動化することで、対応スピードを大幅に向上させることが可能です。
例:Slackチャネルで「/deploy production」と入力すると自動でデプロイが走り、結果が同じチャネルに通知される。
ポストモーテムレポートや運用手順書、学習資料などを一元管理するプラットフォーム(ConfluenceやNotion、GitHub Wikiなど)を用意すると、チーム内での知識伝達がスムーズになります。アクセス権限を調整しつつ、必要な情報が誰でも素早く見つけられるよう整理しましょう。
組織としてインシデント対応の成熟度を高めるには、単発のトレーニングやマニュアル整備だけでなく、チーム全体が「安全な環境で失敗から学ぶ」ことを継続的に実践する文化が必要です。
また、リソースの確保や経営層の理解・支援も欠かせません。
SREチーム単独でできる範囲には限界があるため、全社的な協力体制を構築することが理想です。
参考情報としては、GoogleのSRE公式ドキュメント(Site Reliability Engineering)や各種カンファレンスの発表資料、O’Reillyなどが出版しているSRE関連の書籍などが挙げられます。
これらのリソースを活用して知見を深め、チームや組織の課題解決に役立ててください。
(余談ですが、YardはサーバーレスサービスのGCP Cloud Runを採用しスケーラブルなシステムを構築しています。)
本記事では、SRE(インフラエンジニア)が担う障害対応の全体像と、そのプロセスにおいて重要となるポイントを概観しました。
インシデントをゼロにすることは困難ですが、適切な監視体制と迅速な対応プロセス、そしてブレームレスなポストモーテム文化を根付かせることで、障害時のリスクを最小化し、組織の学習を加速することが可能になります。
ぜひ、今回の内容を参考に、チームや組織のSREプラクティスの成熟度をさらに高めてみてください。
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